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大阪地方裁判所 昭和61年(ヨ)3077号 決定

申請人

木本昌利

右代理人弁護士

永岡昇司

出田健一

被申請人

有限会社門真交通

右代表者代表取締役

土肥四郎

右代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

主文

一  申請人の申請をいずれも却下する。

二  訴訟費用は申請人の負担とする。

理由

(当事者の求めた裁判)

一  申請の趣旨

被申請人は、申請人を従業員として取扱い、昭和六一年五月以降毎月二七日限り金一九万四八三六円を申請人に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

(当事者の主張)

一  申請原因

1  被申請人(以下「被申請会社」という。)は、営業車両三〇台、従業員七五名を擁して、タクシー事業を営む有限会社である。

2  申請人は、被申請会社から従業員の雇用権限をゆだねられていた同会社の浜崎営業部長との間でタクシー運転手としての雇用契約(ただし二か月間の試用期間付)を結び、昭和六〇年四月二一日から同会社において就労を開始した。

3  ところが、被申請会社は、同六一年四月二一日以降申請人の就労を拒否し、賃金を支払わない。

4  申請人は賃金のみで生活する労働者であり、妻と長男(高校生)を扶養している身である。

よって申請の趣旨記載の決定を求める。

二  申請の趣旨に対する答弁

申請の趣旨1ないし3の各事実はいずれも認める。

三  抗弁

1  被申請会社は、申請人の営業収入(以下「営収」という。)が他の従業員と比べてかなり低いので、試用期間満了(昭和六〇年六月二〇日)と同時に申請人を解雇する予定であった。ところが申請人の紹介者でもあった門真交通労働組合の尾崎委員長から申請人の雇用継続を強く懇願されたため、雇用形態を臨時雇用契約に切替えたうえで雇用を一定期間延長することとし、ただしこの間の申請人の営収が、従前に比べて改善され、会社従業員の平均営収以上になるようであれば、その後の雇用継続について再考することとした。そして昭和六〇年六月二〇日ころ、申請人との間で左記の臨時雇用契約を締結した(〈証拠略〉)、

〈1〉 申請人は就業規則並に被申請会社の定める諸規則を順守し勤務する。

〈2〉 申請人の賃金は、被申請会社の乗務員賃金規程に準じ支給する。

〈3〉 雇用期間は昭和六〇年四月二一日より同六一年四月二〇日までの一年間とする。

〈4〉 雇用期間終了を以て本契約を解消する。

契約日 昭和六〇年四月二〇日

2  臨時雇用契約締結後も、申請人の営収は一向に改善されなかったため、被申請会社は雇用期間満了に伴い申請人との雇用契約を打ち切った。

四  申請人の反論

申請人が昭和六〇年七月上旬に本件臨時雇用契約書に署名捺印したことは認めるが、本件臨時雇用契約は次の理由により違法無効である。

1  本件臨時雇用契約書は、当事者双方が単に一時的、形式的に作成することを目的としたもので、単なる紙切れにすぎないから、そこに記載された契約は存在しない(契約の不存在・不成立)。

2  当事者双方は、本件臨時雇用契約が相互の真実の意思に反することを了解しつつ契約したものである(虚偽表示)。

3  本件臨時雇用契約は、締結後に行われた尾崎委員長と被申請会社の土肥社長との話し合いにより、白紙に戻すことで両者が合意した(合意解約)。

4  本件臨時雇用契約は、尾崎委員長と土肥社長との話し合いにより、申請人の営収が極端に悪くないかぎり更新される、という内容に変更された(更改)。

5  被申請会社の申請人に対する今回の措置(本件臨時雇用契約及び更新拒絶)の真の狙いは、申請人が過去同会社に在籍していた当時労働組合委員長として活躍していたことを被申請会社が嫌悪して、申請人を同会社から排除しようとすることにある(不当労働行為)。

6  本件臨時雇用契約が、申請人の営収が会社従業員の平均営収以上でなければ更新しないという内容であるならば、同会社における運転手の過酷な労働実態に照らし、公序良俗に反するものであるから、これに基づく本件雇止めは無効である(解雇権の濫用)。

(当裁判所の判断)

一  申請の理由1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  申請人と被申請会社が本件臨時雇用契約書を作成したことも当事者間に争いがない。しかるに申請人は、本件臨時雇用契約の成立及び効力について争うのでこの点について判断する。

三1  当事者間に争いのない事実及び疏明資料によって一応認められる事実を総合すれば、本件雇止めに至る経緯は以下のとおりである。

(1) 申請人は、昭和四四年七月から被申請会社にタクシー運転手として勤務し、この間労働組合委員長を歴任したこともあったが、同五六年一〇月同会社を任意退職した。

(2) 申請人は、同六〇年二月、尾崎委員長を介して被申請会社へ雇用を申し込んだが、土肥社長から申請人の低営収を理由に拒絶された。

(3) その後、申請人が新任の浜崎営業部長に尾崎委員長を介して雇用を申し込んだところ、土肥社長の申請人に対する不採用の強い意向を知らなかった浜崎部長は、申請人を同年四月二一日から雇用することを承諾した。

(4) その後まもなく、申請人が被申請会社に雇用されたことを知った土肥社長は、浜崎部長に申請人を解雇することを命じ、同部長は同年五月一二日申請人に対し、試用期間終了時に同人を解雇する旨通告した。

(5) これを知った尾崎委員長は、浜崎部長に申請人の雇用継続を申し出たが同部長から断わられたため、同年六月中旬、大阪市生野区の管理センターに土肥社長を尋ね、申請人の雇用継続を願い出た。これに対し、土肥社長は申請人の低営収を理由に試用期間終了後の本採用は拒絶したが、尾崎委員長の立場を尊重して労使関係の円満・円滑をはかるという考慮から、申請人との雇用契約を同年四月二一日に遡って一年間の臨時雇用契約に切替え、その間の申請人の営収状況が会社従業員の平均営収以上であるならば、その後の雇用についても再考してもよい旨表明した。尾崎委員長も土肥社長のこのような取りはからいに納得し、帰社後申請人に対し会社から雇用契約に関する書面が示されたときはこれに署名するよう指示した。

(6) 申請人は、同年六月二〇日ころ、尾崎委員長の右指示に従い、浜崎部長から示された本件臨時雇用契約書に署名捺印し、ここに両当事者の間で本件臨時雇用契約が締結された。

(7) 申請人は、右契約に従い同日以降も被申請会社においてタクシー運転手として勤務したが、従前と同様の低営収状態が続いたので、被申請会社は、同六一年三月二〇日、申請人に対して同契約の更新を拒絶する旨の意思を表示し、同年四月二〇日の経過をもって同契約は終了した。

2  右疏明事実に反する申請人本人及び尾崎委員長の各供述(書)は、矛盾する点や不合理な部分を多く含むので採用しえない。

四  申請人の主張に対する判断

1  通常の雇用契約を臨時雇用契約に変更することは、労働者の地位を格段に劣悪化させることにつながるので、労働者がこれを容易に承諾するということは通常ありえないことである。ところが申請人は、本件臨時雇用契約書を浜崎部長から示され、数日考えることもできたであろうし、尾崎委員長をはじめとする労働組合関係者に相談しようと思えばこれが可能であった状況にあったにもかかわらず、その場で同契約書に署名捺印している。しかも申請人は過去労働組合の委員長も経験しているのである。さらに申請代理人から被申請会社に送達された昭和六一年四月二二日付内容証明郵便〈証拠略〉には、尾崎委員長より右契約書に申請人が署名捺印しておくように指示されたと明確に記載されている(なお申請人はこの点について申請人と申請代理人の単純な手違いによるものであると弁明するが、このような重大な点について「そこ」が生じるとは到底考えられない。)。他方被申請会社には、何らの効力も有しない臨時雇用契約書の作成を形を整えるために申請人に求める理由も必要もない。これらの点に徴すれば、申請人の反論1(契約の不存在・不成立)及び2(虚偽表示)の主張は理由がない。

2  被申請会社が昭和六〇年五月段階で申請人の本採用を拒絶したのは、疏明資料によれば同人が低営収者であったことにあると見るほかないのであるが、そのような認識を有する被申請会社が、尾崎委員長がどのような約束をしようとも、解雇することが極めて困難となる本採用を了承するとは到底考えられず、また本件臨時雇用契約を締結するにあたり、会社従業員の平均営収以下の営収状況が継続してもそれが極端に悪くない限り申請人を期限満了後も引き続き雇用することを約束するとも考えられない。確かに被申請会社の従業員には申請人と同程度若しくはそれ以下の営収しかあげえない者も少なからず存在するが、これらの者は既に本採用された者であり、これらの者と試用期間中の地位にあった申請人を同列に扱って論ずることは出来ない。また他方被申請会社従業員のなかには、個人的事情から不眠不休とまではいわなくともそれに近い状態で勤務して高い営収をあげる者が存することは想像に難くないが、申請人より高い営収をあげる者の大多数がそのような過酷な労働を行っているとの疏明はなく、結局のところ会社従業員の平均営収という基準が被申請会社従業員にとって極めて過酷な労働を強いるとは思料されず、尾崎委員長が特約としてこの点について了承したとしても不自然であるとはいえないし、この特約が公序良俗に反するともいえない。

3  前記のような経緯で締結された本件臨時雇用契約について、尾崎委員長が被申請会社に対し、これの白紙撤回を求めたということは通常考えられないところであるが、仮にそのような事実があったとしても、被申請会社がこれに応ずる理由は何ら存しないし、これを疏明するに足る資料もない。同様に、被申請会社が、申請人の低営収を許容する契約の更改に応じたことを疏明するに足る資料もない。したがって申請人の反論3(合意解約)及び4(更改)の主張は理由がない。

4  本件臨時雇用契約の締結及びその更新拒絶が不当労働行為であることを疏明するに足る資料はない。疏明によれば今回の措置はあくまで申請人の低営収が問題とされたものとみるほかないのである。したがって申請人の反論5(不当労働行為)の主張は理由がない。

5  本件臨時雇用契約は、申請人が会社従業員の平均営収以上の営収をあげることを更新の一つの条件とするが、これが公序良俗に反するとまでいえないことは前記2のとおりであり、その他本件臨時雇用契約の更新拒絶が信義則に反することを窺わせるに足る事情も存しないので、申請人の反論6(解雇権の濫用)の主張も理由がない。

五  されば、申請人の主張はいずれも理由がなく、申請人と被申請会社との雇用契約は同六一年四月二〇日の経過をもって適法に終了したと見るほかないので、申請人に雇用契約上の地位及び賃金請求権が帰属していることを前提とする本件申請は、被保全権利の疏明がないといわざるをえない。

よって本件申請には理由がなく、また保証を立てさせて右疏明に代えることも本件事案にかんがみ相当ではないので、これを却下することとし、訴訟費用については民訴法八九条を適用してこれを申請人の負担とすることとする。

(裁判官 野村直之)

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